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  <title type="text">毒親からの解毒日記</title>
  <subtitle type="html">自己中心的で「暴力はしつけ」タイプの父、浪費家で「私は悪くないわ、気が付かなかっただけ」タイプの母に育てられ、子持ちになって初めて自分の中にあった親からの毒に気が付いたアラサー女の独白です。</subtitle>
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  <updated>2016-03-16T16:29:39+09:00</updated>
  <author><name>トリ</name></author>
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    <published>2018-08-21T15:27:35+09:00</published> 
    <updated>2018-08-21T15:27:35+09:00</updated> 
    <category term="その他のこと" label="その他のこと" />
    <title>それは中絶すべきということ？</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[来月、出産を迎える。<br />
私が住んでいるところは小さな自治体で、保育園も幼稚園も認定のものが1個ずつしかなく、無認可のところはない。産休が終わって職場復帰しないのであれば（育休に入るなら）保育園では預からない。<br />
とはいうものの、イノの担任の保育士さんに「出ないといけないんですよね、せっかくイノがお友達となじんでいるのに」と話してみたところ、担任の先生が「前例があるので、出産前に届け出をして継続の審査を受けてみては。収容人数としても大丈夫と思われる」という返答があった。<br />
妊娠がわかり、母子手帳をもらったときに、役場で「育休に入ると上の子は保育園をでるのが原則」と聞いていたので、前例があるから短時間保育なら認められるかも、という話は驚きだった。育休中にイノをどうしよう、私と赤ちゃんとイノの3人で4か月間も家で過ごすなんて、イノは社会性も育たないし、私もイノにかまってあげられず余計にさみしい思いをさせるだろうと思って毒親の家に泣く泣く戻ることも考えていた（毒親の家の町のほうが支援センターやイベント自体が多く、近くにあるため負担が少ない）私は、本当にうれしかった。<br />
<br />
ということで、今日の午前中に幼児教育課に届け出書をもらいにいったところ、ただ用紙をもらって帰るつもりだったのに担当と話をしなければならない、と言われて待たされ、20分ほど待ったところで担当の事務員から滾々と説教された。<br />
育休をとるのであれば原則、保育園からは出てもらわなければならない、という話を繰り返しされ、こちらが「保育士さんから9月までに届け出してみたらと聞いたが」ということを言うと、「言葉は悪いが、生まれてきた子供に障害や病気があったり、あなたに障害が残ったりしない限り無理。そもそも、保育というのは家庭で行うのが基本。保育園をあてにして生むのは間違っている。5人産もうが6人産もうが、自分一人で育てるというくらいの気概がないのなら子供は産んではいけない」とほぼ原文ままで言われた。<br />
町として子育て支援に力を入れているといっているが、実際は保育園の助けを借りるくらいなら産むなということだった。<br />
それは今からでも一人で育てられないなら下ろせということですかと聞きそうになったが、「あれれ～？申請して預かり時間の区分を変えれば大丈夫って言われたと受け止めてしまったからそんな難しいことだと思ってなかった☆ごめんね～」というふうに取り繕って帰ってきた。<br />
家に戻ってきてからもずっと泣きたい気持ちでいる。<br />
こちらは保育士さんの言葉を信じて、毒親に頼れないからほかによりどころもなく藁にもすがる思いで来てみたのに、回答が「そんな状態なら産んではいけない」だった。<br />
正論だが、いまさら中絶もできない。というか、地域で子育て、とか、そういうスタンスなら標榜しないでほしい。しかも、うちの町は待機児童ゼロで売っているのだから、待機児童がたくさんいるので受け入れられない、ということでもないのだ。なぜこんなことを言われなければいけないのか、保育園を頼るなら産むなと言われなければならないのかわからない。]]> 
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            <name>トリ</name>
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    <published>2018-08-06T16:20:45+09:00</published> 
    <updated>2018-08-06T16:20:45+09:00</updated> 
    <category term="毒入りの自分" label="毒入りの自分" />
    <title>死神と手をつないで歩くこと</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[一時期、本当に死にたかったことがあった。<br />
結婚して一通り小姑からの嫌がらせを受け、まだ肌寒い4月上旬の東北の実家に転がるように戻ってきて、仕事もなく、両親からはあからさまに「お荷物が増えた」「お金をかけさせないでほしい」という態度を取られていたころ。<br />
そしてさらに、法律事務所に入職したものの、仕事を教えてもらえず、弁護士の先生に路上に捨てられ、希死念慮がひどくなって心療内科に泣きながら電話したころのこと。<br />
あの頃は本当に本当に死ぬことばかり毎時考えていた。ここから飛び降りたら？ここで首を吊ったら？でも、ここから飛び降りたらビルのオーナーがかわいそう。事故物件になってしまう。<br />
学校から飛び降りようか？学校であれば事故物件という扱いにはならない。<br />
でも、学校の校舎は4階建て&hellip;。7階建て以上でないと即死できないかもしれないと聞く。もし半身不随にでもなって、あの両親にこれ以上お荷物扱いされながら生きていくのは死ぬよりつらい。<br />
実家のふろ場で首を吊るのが一番かも？<br />
しかしそうすれば家はもう売れないだろう。さらに両親をうんざりさせてしまう。<br />
<br />
心療内科にかかって、散歩や気分転換を積極的にするように、特に運動はよいと勧められてから、手持無沙汰な時はふらふらと近所を散歩するようになった。でも、頭の中は自殺の仕方でいっぱいだった。一番あとくされなさそうなのが、車ごと自然壁に突っ込んで死ぬこと。事故か自殺か断定できなければ、変な噂も立ちにくいだろう。でも車は父の名義だから、新しい車を買えるくらいのお金を残さないと。<br />
<br />
そういう散歩をしている間中、私は死神と一緒に歩いているような心持だった。「やはり自動車に乗ってどこかにぶつかるのがいいと思う。自損事故扱いになるような。どう思う？」<br />
私の考えた最高の死に方について、私は死神に心の中で何度も語り掛けた。「首吊りも、ある程度高さがあれば即死できるらしいし、うまく頸動脈を抑えられれば眠るように死ねるようだよ」<br />
「首吊りは遺体が汚いかな。山の中でナイフでおなかを切り裂こうか？かなり苦しむみたいだけど。頸動脈をうまく切れるといいかもしれない。山の中ならだれかに飛び散った血を拭かせるということもないよね」<br />
死神は何も答えなかった。ただ私とあてもない散歩に付き合い、ただそこにいた。ただ、そういう中で死神がたった一つ私に伝えてくるものがあった。それは、「いつでも待っているから」ということだった。<br />
<br />
いつでも待っている、ということ。<br />
<br />
いつ死んでもらっても、ただ待っているから、ということ。<br />
それで私はとりあえず死ぬのを延期することにした。なぜなら、いついかなるときでも死神は待っていてくれるからだった。私がいつ死んでも嫌な顔一つせず待っていてくれる。両親にあからさまに存在をイライラされても、姉に死ねと言われても、実家に姉の部屋があって私の部屋がなくなっていても、死神だけは私を、この私をいつでも受け止めて待っていてくれるし、じゃまにもしないのだ。<br />
この安全地帯のおかげで、私は持ち直し、今ではいくつもの幸運を経て自分の家族を新しく作り上げている。]]> 
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            <name>トリ</name>
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    <published>2018-07-14T20:26:19+09:00</published> 
    <updated>2018-07-14T20:26:19+09:00</updated> 
    <category term="毒入りの自分" label="毒入りの自分" />
    <title>娘を持つということ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[二番目の子供が今、おなかの中にいる。<br />
エコーで見るといつも丸まっていたり正座していたりで、健診ではなかなか性別がわからなかった。<br />
でも、私には、ヨウを妊娠した時と同じように、女の子だというのを自然と理解していた。不思議なことだが、ヨウを妊娠中にも診断前からずっと男の子用の服を選んだり、男の子育児のことを書いたブログを読んだりしていた。今回も自然に女の子用のベビー服や女の子にふさわしいおくるみばかり探していたので、ああ、女の子だなと思っていた。身ごもった女というのは本当に不思議なものだ。そんな中、25週目の健診でやっと「女の子率8割」という診断があった。<br />
私に娘ができる。<br />
どんな女の子になるのだろうか。自分がしたようなみじめな思いは絶対にさせたくないと思う。<br />
気が早すぎるとわかってはいても、かわいいベビー服を買ってしまう。<br />
でも、女の子は服の好みが出るのも早いから、きっとあまり買っておいても着てもらえないんだろうな。<br />
そもそも、私はかわいい服や色鮮やかな服を着せてもらえなかったから、普通の女の子がどんな服を着たいと思うのかよくわからない。5歳ぐらいから7歳くらいまでの時、一番服に気を使っていたと思うが、それでも服の選択肢がまずなかったから、「今日はどの服を着ることができるのか」という思いが先にあって、自分がどんな服を着たいのかということは二の次だった。<br />
友達の着ているただのトレーナーやこぎれいなスカート、毎日違う服を着てくることがそもそもうらやましかった。穴の開いていない靴下、おさがりでない靴。うらやましかった。小学校のうわばきすらおさがりだったのだ。今思えば、必要最低限の身だしなみすら整えてもらっていなかった。放課後のホームルームで「不潔な子がいる」とさらし者にされる程度に。<br />
そんな自分が、果たして普通に娘に引け目を感じさせないよう育てることができるだろうか？<br />
夫もあまり身だしなみにこだわるたちではないので、おしゃれに興味を持つようになったら誰が娘の気持ちをわかってやれるのだろうか。<br />
不安は大きいけれど、私はヨウが男の子だから新しい服を娘のためだけに買うことに罪悪感を持つ必要はない。<br />
まずは、どうか元気で生まれてきてくれるように。]]> 
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            <name>トリ</name>
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    <published>2017-11-01T23:18:48+09:00</published> 
    <updated>2017-11-01T23:18:48+09:00</updated> 
    <category term="その他のこと" label="その他のこと" />
    <title>蝕まれた子ども</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[先日、子供と夫と少し離れたところにある大きな公園に遊びに行った。<br />
かなり天気のいい日だったので、ほかにもたくさんの親子連れがおり、思い思いに遊びまわっている。<br />
私は小さいころ、こういう公園や遊具があって遊べるようなところに連れてきてもらったことがないから、夫が普通にこういうところに子供を連れて遊んでくれることに感動する。<br />
そして、ほかの多くの家族が普通にそれをやっているということにも。<br />
<br />
ヨウはまだ2歳になったばかりで、白いバルーンの上でヨタヨタと飛び跳ねる。トランポリンや、ジャンプするような遊びが大好き。<br />
ほかにも子供たちが入れ代わり立ち代わりやってきて、ぽんぽんとジャンプしていく。ヨウはその振動に翻弄されながらも、バルーンの上のでっぱりの頂点に立って嬉しそうにこちらを見る。<br />
すると、どこからか黒い帽子をかぶった男の子がさっと現れて、ヨウのことを突き飛ばした。<br />
体が揺れてぶつかった、というのではなく、ちゃんと両手でヨウの体を押し、でっぱりから突き落としたのだ。<br />
ちょっとびっくりした。その子は5歳くらいだろうか。バルーンの上だから、ヨウはけがはしなかったが、突然のことで呆然としていた。<br />
男の子は、さっとバルーンを駆け下りて離れた。ヨウはよろよろと立ち上がり、また頂点を目指す。<br />
やっとまた頂点に立ち、ニコニコするヨウ。すると、また猛然と黒い帽子の男の子が駆け上がってきて、またしてもドンとヨウを突き落とした。<br />
今回はかなり勢いをつけてのものだったので、ヨウはバルーンの上に軽くバウンドし、さすがに泣き出した。<br />
私も驚いてヨウを抱き上げに行き、一緒にバルーンを転げ落ちた。<br />
とっさにその帽子の子の親を探したが、それらしい人がいない。<br />
ヨウが落ち着くまでの間、その子を観察してみると、やはり付近に親がいない。<br />
バルーンの周辺をぐるぐると回り、自分より小さい子がバルーンの上に上ると、ものすごい勢いで駆け上がって突き飛ばすのを繰り返しているようだ。<br />
ついに突き飛ばされた女の子の母親が怒り、「ちょっと！何やってんの！あんたのお母さんどこ！」と男の子に怒鳴ると、男の子はバルーンの近くから離れていった。<br />
その怒ったお母さんは友人と来ていたらしく、隣の女性に「さっきからあの子、ずっとあんなことしてる。母親も何やってんだか」と言った。<br />
<br />
私も夫とヨウといくつもいろいろな公園に行っていたが、ああもあからさまに他害する子供を初めて見た。ヨウにけががなかったからよいものの、冗談ではない。<br />
それから遊ぶ場所を変えてからも少しその男の子に注意していた。<br />
すると、またその子を見つけた。髪の長い、ヨウと同じか少し上くらいの男の子を連れた女性について歩いている。黒い帽子の子の弟だろうか。女性がかなりすたすたと足早に歩くので、男の子は駆け気味。<br />
女性は右手で弟の方と手をつないでいて、帽子の子は左手をつなごうと何度も手を伸ばす。<br />
女性は帽子の子に一瞥もくれることなく、手を振り払いながら歩き続ける。<br />
<br />
なんというか、怖い光景だった。<br />
<br />
帽子の子がどんなに傷ついているか、私にはわかった。そして、なぜ彼がほかの子に危害を加えるのかも。<br />
虐待というほどではない状態なんだろうが、彼の心はそれと同じくらいに傷ついている。あの母親の差別を止める手段はない。<br />
あの男の子は間違いなくある程度歪むだろう。その歪みがどんな方向になるのかはわからないにしろ、明るい、希望が持てるような将来を歩むのはよほどの本人の強さや運がない限り難しいということは、アダルトチャイルドの私がよく知っている。<br />
目の前で一人の男の子が歪められている状態を見てしまうというのは、本当にぞっとする光景だった。]]> 
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    <author>
            <name>トリ</name>
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    <id>poisonedsurviver.blog.shinobi.jp://entry/81</id>
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    <published>2017-08-11T19:25:05+09:00</published> 
    <updated>2017-08-11T19:25:05+09:00</updated> 
    <category term="毒入りの自分" label="毒入りの自分" />
    <title>自己分析</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[更新も久々です。<br />
これは、決して立ち直ったからとか、親のことが気にならなくなってきたからとかの前向きな理由ではなく、ただ仕事復帰して時間が取れなくなったというのが大きい。<br />
<br />
さて、仕事復帰して三か月になります。本当に暇です。<br />
以前の仕事に戻ったのだけど、私がいない間に私の分担を肩代わりしてくれていた人が、私に振りなおされた仕事を離さないという状況になっているため。<br />
毎日私の分の仕事まで勝手にやってキリキリ舞いしてヘトヘトになってなお残業する彼を見ると気の毒になると同時に腹立たしくなるが、楽させてもらっていると思ってまだけんかはしていない。<br />
ただ、自分で私の仕事を勝手にやってしまうくせに、イライラと貧乏ゆすりしてずっとモゴモゴと愚痴を言い、時に八つ当たりさしてくる彼が本当になんだか気持ち悪くなってしまって、彼と対峙すると緊張して目を合わせたり微笑んだりすることができなくなってしまった。<br />
<br />
そして、また非常勤の職員の女性に嫌われた。うーむ。<br />
これは実は結構昔からの悩み。私は、年上の女性やキャリア系の女性に本当に嫌われやすい。<br />
しかも、本当のキャリア系、という感じではなくて、ゆるキャリで仕事も家庭もほどほどに上手に器用にやっているというタイプの女性にすぐさま嫌われてターゲットにされる。<br />
この度、なぜそうなのかを自己分析してみたいと思った。<br />
<br />
・根暗だから。<br />
<br />
これは大きいと思う。一応明るくふるまうことはふるまうのだが、アダルトチルドレン上がりの悲しさか、すぐに自己を卑下してしまって引かれることは少なくない。毎回そうであれば、異質だ、うざいと感じられることは当然だろう。<br />
<br />
・不潔だから。<br />
<br />
これも、自分ではそこそこ身ぎれいにしているつもりだが、三か月に一回しか美容院に行かなかったり、化粧が下手でしてるんだかしてないんだかわからなかったり、服がそじてしまっても着てしまうところなんかが、生まれた時から身ぎれいにしていた人たちからすると信じられないくらい不衛生に見えるのではないかと思う。<br />
これは就職してお金を自分で稼げるようになって以来かなり改善されたと自分では思うのだが、私の思う「この服はもうダメだな」と思うタイミングがやはり普通の人と違うんだろう。<br />
<br />
・助けを求めることができないから。<br />
<br />
これは、何度も治そうとしたのだがどうしても治らなかったので、最近ではあきらめの境地に来ている。誰かに「手伝って」と言えればすぐに解決することも、ほかの人の手間であったり、忙しさであったりを考えてしまってどうしても手伝ってもらうことができない。<br />
これは美徳でも何でもない。ただの精神的引きこもりだ。でも、幼いころから「誰も助けてくれない」という無力感の中で生きてきたので、一人でなんとかやったほうが、人に助けてもらってやるよりも気分的に楽なのだ。他者の視線に立つと、勝手に被害妄想的に自ら排除されている人間に見えると思う。自ら排除されたがっているのだから、排除してあげようと思うのももっともだ。<br />
<br />
・言動が粗暴だから。<br />
<br />
これも、直そう直そうと思って、気が付いたときは直しているが、ついうっかり職場でも汚い言葉を使ってしまって後悔することがいまだにある。<br />
先日は、うちの会社の取引先の担当同士がけんかしており、私に相手の悪口を言ってくるので、「ジジイ同士がいい年こいて人を巻き込んでけんかしてんじゃねえよ」と口走ってしまい、その場にいた同僚と上司全員に引かれてしまった。<br />
デスクの下の段の引き出しも、思わずふくらはぎを押し付けるようにして手を使わずに閉めてしまうこともよくあり、こういう下品なところがちゃんと生きている女性には耐えられないんだろうと思う。<br />
<br />
・そして、声が大きい<br />
<br />
これは、息子から鼓膜を破られて以来余計に顕著になった。以前から声が通るというか、小さめの声で話そうとするとほかの人が聞き取れないくらいに声がかすれてしまうし、ほかの人が聞き返さないで済むくらいはっきり話そうと思うと部屋中の人に聞こえるくらいの声量になってしまう。なので、私が何か話をすると、自然と私の声がほかの人の耳にも入ってしまい、イライラさせてしまうようだ。<br />
<br />
なんでそんなに嫌われるんだろう？例外なく、私は別に彼女たちを嫌っていないのに？と思っていたが、こうして考えてみると嫌われる理由にはことかかなかった。しかも大半が治せない。<br />
私は今後も嫌われ続けるしかないらしい。<br />
逆に、いつまでたっても私に対する態度がフラットなままの人もいる。私のそういうダメなところを目にする機会がなかっただけというのもあるが、私のことをよく知ってなお、むしろほほえましく「面白い人」という目線で見てくれている女性もまれにいた。<br />
そういう女性は、誰の悪口も言わない女性ばかりだった。他人に対して寛容なんだろう。<br />
自分で悪いところと自覚している部分は今後も自助努力してよくしようとしつつ、人の悪口を言わない、個性に対して寛容な女性を大切にしたい。]]> 
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            <name>トリ</name>
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    <published>2017-05-16T13:31:55+09:00</published> 
    <updated>2017-05-16T13:31:55+09:00</updated> 
    <category term="毒入りの自分" label="毒入りの自分" />
    <title>母の日</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[先週の日曜日は、母の日だった。<br />
うちは子どももまだ幼いし、夫も母の日だからと言って、自分の母親にも私にも特に何もしないで過ごした。<br />
私も当然何もしなかった。<br />
テレビを見ていると、母の日特集のようなコーナーをあちこちでやっていて、プレゼントの一位はプリザーブドフラワーだとか、消えモノがよいとか、姑に贈るにはどんな注意が必要か等、のうがきを垂れていた。<br />
<br />
それで思い出した。なぜ私は母の日に母に何か贈るのを辞めたのかということだ。<br />
<br />
私は小学4年生だった。そのころ、「あさりちゃん」や「ちびまるこちゃん」を読んで、母の日にはお小遣いから何か贈り物をするんだと学習していた。お小遣いというものはもらえなかったが、何かのはずみで（特別なお手伝いをしたとか）100円もらったり、10円拾ったりといったことで、私はジャリ銭で1000円近くのお金を持っていた。<br />
10年ほどの人生のうちで、やっとためた自分だけのお金が1000円に満たない100円玉と10円玉、5円1円の寄せ集め。ここから母のためのプレゼントをなんとか用意しなければならない。<br />
できれば300円～500円くらいで用意したかった。だって、10年でこれっぽっちしかお金が貯められないのだ。来年、再来年もプレゼントを買うとしたら、とても今年でこのお金を使い切ってしまうことはできない。友達と駄菓子も買いたいし、かわいい消しゴムも買いたい。うんとお金を貯めれば、自分だけの服も買えるかもしれない。<br />
<br />
でも、何しろ田舎の町だ。そんな母の日のプレゼントを買えるような店がまずなかった。<br />
よく行くスーパーになら、この時期「母の日コーナー」というのがあって、数百円から数千円くらいの無難なプレゼントが山積みされていた。<br />
小学4年生の知恵では、そのスーパーしか行く当てがなかった。そのスーパーまでは、車でなら数分だが、キロ数で言えば2キロ弱あった。私は6年生の友達に付き合ってもらって、母に知られないようにこっそりとそのスーパーに行った。<br />
小学生の足だ。2キロ弱という距離、大人なら30分かからないかもしれないが、子供の足にはかなり遠かった。スーパーにやっと着いた頃には汗だくで、汗っかきの私は滝のような汗をぽたぽたと垂らしながら、プレゼントコーナーに足を向けた。それは歩いてきた暑さで流れた汗でもあったが、親に内緒でお金を使うということに対する罪悪感や、母親が気に入るプレゼントを買えるかどうかという緊張感での冷や汗も混じっていた。<br />
自分の予算で買えるプレゼントはわずかだった。カーネーションの花一本を買うか、キャンデーの包みにするか、というレベルだ。でも、500円出せばハンカチを買うことができるのを見つけた。<br />
正直、500円はこれまで貯めてきたお金の半分以上だ。できればもう100円でも浮かせたかった。でも、私は「これならちゃんとプレゼントとして申し分なかろう、ママも喜んでくれるだろう」と、身銭を切るというよりむしろ身を切るような思いでそれを買った。<br />
レジを通るとき、私の10年分の貯金の半分が無くなるのを汗を流しながら見守った。店員さんは私のあまりの異様な風貌に、いぶかしい顔をしていた。私はそれも恥ずかしくて仕方なかった。<br />
でも、ちゃんとしたプレゼント（包装紙に包まれている）を購入できてよかったと思った。帰りの道も足が痛くてつらかったが、なんとか家につけた。<br />
<br />
いよいよ母の日を迎え、私は母にワクワクしながらプレゼントを渡した。<br />
母の喜ぶ顔が見られるだろうと思ったのだ。きっと母は、私が一人でどこかのお店に行ってこれを選び、お小遣いからこれを購入したことについてもねぎらってくれるだろう。そのために足を痛くし、汗をあんなにかいてこれを買ったのだ。私がどんなに母を大切に思っているか伝わるに違いない。<br />
でも、母のリアクションは「あらありがとう、でもハンカチなんていっぱいあるのに」だった。<br />
私がどうやってこれを手に入れたのか、これを購入するお金はどうしたのか、まったく母は触れなかった。それどころか、うれしいという言葉さえなかった。<br />
私はわざわざ友達を付き合わせて足を痛くし、自分の全財産の半分を失い、母の失望を手に入れただけに終わった。<br />
<br />
それから二度と私は母の日にプレゼントを贈らなくなった。]]> 
    </content>
    <author>
            <name>トリ</name>
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    <id>poisonedsurviver.blog.shinobi.jp://entry/79</id>
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    <published>2017-02-26T23:02:40+09:00</published> 
    <updated>2017-02-26T23:02:40+09:00</updated> 
    <category term="その他のこと" label="その他のこと" />
    <title>ヨウの後追い</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[ヨウの後追いが、最近ひどくなった。<br />
1歳半を過ぎたので、本来なら後追いは次第にしなくなるハズだったのだが、<br />
むしろ悪化の一途。今まではイノだったり、他の人が誰かいれば、特に私がいなくても安心して遊んでいたのに、最近では私がちょっといなくなりそうな気配を感じただけで、手をつないでくる。<br />
スーパーや子育て支援センターなんかで出会った人から声をかけられても、以前はニコニコして、抱き着いたりもして、むしろ私より出会った人の方が大切、という感じだったのに、最近ではちょっとほかの人に緊張した様子を見せるようになった。<br />
<br />
それで、そうか！と思った。<br />
<br />
以前はたぶん、ヨウの見ている世界の中に、誰も悪人はいなかったのだ。すべての人は自分をはぐくむものであり、自分は当然手当され、食べ物を与えられ、温かい場所を提供されるべきものだったのだ。<br />
成長するにつれ、それらを「当然」「確実に」行うのは自分を産んだ母親だけなのだ、ということに気づいてきたのだ。<br />
たぶん、7ヶ月くらいで人見知りをする普通の子は、世界の中にそれまで「自分」と「ママ」しかいなかったのに、急に父親であったり、母親の友達であったり、祖父母であったりと言った生活に付随する人物たちの姿が意識として認識されてくるから、拒否反応が出るのだろう。<br />
ヨウは、そのころ全く人見知りをしなかった。それどころか、すれ違いざまに声をかけてきた無骨な男性にだっこされてニコニコしたり、初めて見る女性の膝に乗ってみたりと、なかなかチャレンジャーで、母である私の扱いは下僕以下だった。思い通りにならないことがあると、私を殴った。私がだっこしたり、手をつないだりするよりも、道行く人から構われる方が楽しげだった。<br />
だから彼にとっては、最初からたぶん、世界にはいろいろな人がいる、という認識からスタートしていたのだと思う。ただ、その中でずっとずっと付きまとい、中心的に世話をする人間が一人いる、という感じだったのだろう。<br />
大きくなって、少し「ものには名前がある」「たくさんの人がみんな僕の面倒をみるわけではない」と気づいてきたから、急に「そんな中で、唯一確実に僕の面倒を昔から見ているひと」と母親である私が結びつき、「僕にとって大事な大好きな人！いないと困る」となってきたのだろう。<br />
小さいころは、後追いも人見知りもしないので、私に対するヨウからの愛着が今一つ感じられず、少し寂しい思いもしたが、これらの彼の頭の中の道筋の見当がつき、べったりと甘えられる今となっては、その愛情を裏切るまいと思う。]]> 
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            <name>トリ</name>
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    <published>2017-02-23T16:02:24+09:00</published> 
    <updated>2017-02-23T16:02:24+09:00</updated> 
    <category term="毒入りの自分" label="毒入りの自分" />
    <title>カウントバックが効かない自分</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[つい先日、新しい自分というか、以前から間違いなくこうだったのに今まではそれと気が付かなかった自分に気が付いた。<br />
それは、アンガーマネンジメントの手法の一つである「カウントバック」が自分には効果がないということだ。<br />
<br />
そのことに気が付いたのは一本の電話からだった。私が掛けたものだ。<br />
3月中に引っ越しをしなければならないが、何しろまだ家が決まらないため、不動産屋巡りをしなければならない。一度、ヨウを連れて回ったのだが、せめて2件回るつもりが、一日かけてもヨウの機嫌がこじれたり、異様に不動産屋さんが混んでいて一時間も待たなければならなかったりして、結局1件しか行けなかった上に、収穫もなかったので、次はヨウを一時保育に預けて、イノと二人であちこち回ろうということになった。<br />
そこで、ヨウの休みの日に合わせてヨウを一時預かりしてくれる保育園を探したが、いつも行っている支援センターがついている保育園はその日はあいにく一時保育ができない日となっており、仕方なくシルバー人材センターでやっている一時預かり保育に電話を掛けたのだ。<br />
そこは、預ける前に登録と前入金が必要なところで、そのくせ登録方法も支払い方法もホームページやちらしに記載がないため、登録の仕方から聞きたい、と伺った。<br />
すると、ごねるごねる。<br />
あーでもぉ、この施設、今月いっぱいで閉館するんですよお。だから今、ご登録いただいても、長いお付き合いができないですー。一時預かりって、お子さんによっては一日中泣いてたりするんですよお。だから、お子さんのためにもならないと思うんですー。こちらは、保育士が一人だけでね、あとはシルバー人材がいるだけだから、受けいられる人数も限られてるんですよー。その日はまだ予約が3人しか入ってないんですけどお、これまでそちらさん、利用したことないんですよねえ、今まで会ったこともない子供たちと一緒っていうのはあ、お子さんがつらいんじゃないですかねえ。<br />
<br />
私はここで、子供は他所で一時保育を利用したことがあること、場所見知りも人見知りもしない子であること、年中支援センターに行って大人数で遊ぶことに慣れていることを説明したが、「そうなんですか、でも～」「ウチは初めてなんですよねえ～」しか言わなくなってしまった。<br />
<br />
要するに、もう3月で閉館するから、新規の子供に入り込んでほしくない、今まで世話したことのある、「なついてる」子どもたちだけの相手をして、ダラダラ終わりたい、というわけだった。なんなら、登録の仕方や当日の持ち物を一から説明するのすら面倒なんだろう。<br />
私は電話口でそのババアの内心が透けて見える言い訳を聞きながら、腹を立てていた。のど元まで「ラクして金が欲しいだけのプロ意識のないババアが。これだからシルバー人材センターってのは仕事はできないくせに説教はついてくるって有名なんだよ」という言葉が出かかっていた。<br />
「老い先の短いババアのことだから、血圧を上げてやるまでもないか」と思って、ババアの願い通り「じゃあいいです。ほかを当たります」とだけ言って電話を切った。<br />
<br />
さて、しかし、結構この電話の後は腹が立っていた。とりあえず怒りを爆発させることはなかったものの、シルバー人材センターに苦情を入れてやろうか、とか、この一時預かり所の口コミにボロクソ書いてやろうか、とフツフツと考えていた。<br />
でも、他を当たったり、夕飯の準備をとりあえずして、気をそらせた。<br />
<br />
しかし、その後もこのフツフツとした怒りは依然として腹の中にとどまった。<br />
何度テンカウントしても、全く温度は下がらない。アンガーマネンジメントが効かない、ということに気が付いた。<br />
そして、昔からこの怒りの慢性化があったことに気が付いた。<br />
その場では怒りを発露させなくても、家に帰ってから、何日もたってから、怒りがそのことが起こったのとほとんど同じスケールを保って吹きあがってくるのだ。<br />
<br />
たぶん私は、この腹立たしさをなんらかの形でその一時預かり所にぶつけるまでくすぶらせると思う。<br />
<br />
]]> 
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            <name>トリ</name>
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    <published>2017-01-25T23:32:19+09:00</published> 
    <updated>2017-01-25T23:32:19+09:00</updated> 
    <category term="毒吐き" label="毒吐き" />
    <title>うんざり</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[またまたまたまた、ひどいことが発覚した。<br />
私は大学時代に家を出る際、自分が書いた漫画やイラスト、そしてなけなしのお小遣いでそろえた画材だけは、段ボールに詰めて持って行った。段ボールは二箱だった。<br />
大学生活を過ごし、一度目の結婚をし、引っ越しし、また出戻ってきたとき、それらの段ボールには、大学在学中にバイト代を貯めて行った旅行のお土産や、コツコツとコレクションしたものが増えていた。<br />
と言っても、そんなに大量ではなく、依然として段ボール箱は二つだった。<br />
職を見つけ、また一人暮らしになったとき、画材の方の段ボールは実家の自室（無かったが、元自室で本置き場になった部屋の押し入れ）に置いていた。<br />
イラストと漫画の段ボールだけは小さかったこともあって、一人暮らしの部屋に保管した。仕事を始めると、それに忙しくて漫画やイラストを描く暇がなく、漫画・イラストが入った方の段ボールの中身は増えなかったが、何が起きても親には見せたくなかったからだ。<br />
<br />
その間、実家のリフォームがあり、画材や思い手の品、コレクションが入った段ボールはリフォーム業者の倉庫に入った。無事リフォームが終わってまたその段ボールは元私の部屋に戻された。<br />
<br />
リフォームが終わった直後、その段ボールの中身を確認し、自分が詰めたままの状態であることを確かめた。<br />
<br />
それから一年して、画材を使いたいと思い、その段ボールを開けようとしたところ、なんとその中身の一部が私が昔使っていた子供の勉強机の上に乗っていた。<br />
悪い予感がした。<br />
よくよく探してみると、段ボールではなく、別なクリアボックスに、段ボールに入っていたものの一部が入れられていた。私が知り合いと文通していた手紙などと一緒になっていた。<br />
ぞっとした。<br />
そして、私が一番大事にしていたコレクションと、それと一緒にしていた画材が消えていた。<br />
恐らく、母が捨てたものと思われる。そのコレクションは、海外に行って各地方で集めたコインだった。<br />
<br />
こんなに憤りを感じたのは本当に久々だった。母にとってはどうでもいいものだったのだろう。うちには、赤の他人が旅行で余らせたのでうちに置いていった外国のコインがたくさんあった。<br />
その中の一部と思ったのだろう。<br />
でも、私が集めていたものには私の思い入れがくっついている特別なコインだった。<br />
しかも、その中の一枚はエジプトのコインだったのだ。<br />
エジプトのコインというのは、実は観光客が手に入れるのは難しい。<br />
なぜなら、エジプトのコインにはローマ数字で金額が書かれていないので、観光客にはローマ数字で金額がわかる紙幣しか渡されないからだ。<br />
そのコインは、エジプトで親切にした同じツアーに参加していた人が、たまたま偶然手に入れたのを、私がその国のコインを記念に集めていることを知ってくれたものだったのだ。<br />
また、小さなカギのコレクションも一緒に入っていたのにそれもなくなっていた。<br />
4センチ未満の鍵だけを集めたコレクションで、60年前のグリコのおまけの鍵も混ざっている、地味に貴重なものだったのに、母にはおもちゃの鍵束にしか見えなかったのだろう。<br />
<br />
また、別なショックも感じた。それらとは別に、私が幼稚園で作った工作や、小中学校時代の教科書が保管されており、クリアボックスに入れられていたのだ。<br />
これらは私が「片付けろ！捨てるものは捨てろ！」と親にどやされて、ヒモでくくって捨てたものだった。ぞっとした。<br />
そして、やっと母の行動を理解した。<br />
母にとって、母と離れているときの「私の」思い出というものは存在しないのだ。<br />
「私の」趣味や、「私の」コレクションというものはないのだ。<br />
母にとっては「私と母の」思い出、「私と母の」趣味、「私と母の」コレクションしかないのだ。<br />
だから、私にとって何の意味もない小中学校時代の教科書は、母にとっても思い出があるから捨てない。私だけの趣味のものや、私にしかない思い出があるものは母にとって何の意味もないのだ。<br />
<br />
私はとっさに母に、「なんで私のものを勝手に漁って勝手にばらばらにして勝手に取捨選択して捨てるのか。私は段ボール一つ分のプライバシーもないというのか」とメールしたくなったが、そんなことを言っても伝わらないのがわかっているし、永遠に彼女は理解しないだろう。<br />
今春、私たち一家は毒親たちから高速で2時間かかる距離の街に引っ越すので、その時に教科書や幼稚園時代の工作は全部捨て、今度こそ大切なものをすべて持っていく。<br />
そして、捨てられてしまったものと同じくらい、もしくはそれ以上に大切な「私だけの」思い出を、イノとヨウと作っていこう。]]> 
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            <name>トリ</name>
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    <id>poisonedsurviver.blog.shinobi.jp://entry/76</id>
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    <published>2017-01-04T16:40:38+09:00</published> 
    <updated>2017-01-04T16:40:38+09:00</updated> 
    <category term="毒吐き" label="毒吐き" />
    <title>カレー作成中の呪い</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[今日はカレー。三が日きっちりおせちを食べたので、口直しに。<br />
とはいうものの、今、息子の断乳決行中なので少し不安がある。<br />
カレーは脂肪分が多いので、今のパンパンに張った胸で食べると乳腺炎になるかも&hellip;<br />
とはいうものの、胸の張りで腕が上がりにくいほどなので、面倒なものを作る気にもならず。<br />
少しずつ圧抜きして乗り切ろうと思う。<br />
<br />
カレーを作るためにたまねぎを炒めていて、小さいころのカレー作りのことを思い出した。<br />
うちのカレーはたまねぎをキツネ色まで炒めて、ニンジンやジャガイモを煮ている鍋に入れるものだった。二日間食べられるように、鍋の八分目まで水を入れるが、ルーは４皿分しか入れない。<br />
当然、できたカレーはシャバシャバで味がうすいスープのようなものになる。<br />
それでも私はそのカレーが好きだった。普段は味噌汁とご飯と焼き魚、ちくわともやしを醤油で煮たもの、くらいのメニューだったので、市販の味がするカレーは嬉しかった。<br />
私はまだ就学前からこのカレー作りを手伝わされた。なんと、玉ねぎをキツネ色まで炒める係りだったのだ。私は体が小さかったので、ガスレンジの上のフライパンまで当然背が届かない。木製の踏み台の上につま先立ちをしてたまねぎを炒めた。ちょっと足が疲れて足踏みでもしようものなら、ガタガタと揺れて足を踏み外しそうになるので、少し炒めてはかかとを下ろし、また背伸びしては炒め、もう疲れた、と言うと「まだまだだよ」と言われるので、手足をしびれさせて必死でやった。<br />
今思うと、なんというか、おどろきだ。就学前の子供に、そんな不安定な場所で、火のすぐそばで大人にもつらい作業をやらせるとは。<br />
小学校で出るカレーは、もっととろみがしっかりついていて、具もころころと大きくて、家のカレーよりもずっとおいしかった。<br />
大人になって、ルーの裏に書いてある作り方に忠実に作ってみたら、小学校のカレーほどではないが、おいしいおいしいカレーができた。とろみもたっぷりだし、玉ねぎを炒める手間もいらなかった。びっくりした。<br />
<br />
今は、夫と子においしいカレーを食べてほしいから、玉ねぎをキツネ色になるまで炒める。<br />
肉も野菜も、先に一度炒めておく。<br />
子どもが手伝いたいと言う日が来るかもしれないが、その時は野菜のカットや鍋に入れるくらいにしよう。かわいい子が怪我しないように、辛い体勢をこらえたりしなくていいように。]]> 
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            <name>トリ</name>
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